極度のストレスからこころとからだのバランスをくずした頃、
手にしたのが亡き母の手作りのアロマ香水でした。


私がなぜこの仕事をしているのか綴らせて頂きます。

 

人生2度ハーブに救われた経験から今の仕事に。

 

元々化学の薬を飲まない家で、食後の飲み物がハーブティーでした。

家族全員分の体質に合ったブレンドを母が調合し煎じてくれていました。

その当時(中学生の時)はハーブやアロマという言葉もあまり知られていない時代でした。

化学の香水が苦手だった母は

イギリスのエッセンシャルオイルの香りを部屋に広げてくれていました。

(母はイギリス、インドへ留学していたため)

 

そんな中

就職し1年後、無理とストレスから22歳の時に急性肝炎になってしまい即入院。

化学の薬を飲んでいない体に3日間点滴、化学の薬のみで過ごし2週間入院し退院後も自宅安静と薬。

化学の薬を短期間に一気に大量に飲んでしまったため、肝臓はだいぶ治り数値も下がり始めていたものの、
副作用に悩まされました。

胃も重くどこか気怠くすぐ疲れやすく体力がない体質に。

このまま薬を飲み続けていては体がおかしくなる!と思い・・

出されていた薬を勝手に飲むのを止め、ハーブとホメオパシーに切り替えました。

当時カウンセリングを受けられホメオパシーを出してくれる所が、都内で2箇所くらいしかありませんでしたが、
赤坂に見つけて通いました。

 

ハーブとホメオパシーのみにした所、体調がとても良くなり本来の自分を取り戻し元気になりました。

先ずは信じる事も大切と感じました。

これが1度目にハーブに救われた経験です。

この経験からハーブのありがたさ身に染みて、職業にしようと誓いハーブの勉強を本格的にし始めました。

退職し残業のない仕事をしながら学校へ通い始めました。

入院から2年後の24歳の時です。

 

学校に通い初めて2年後、26歳の時に母のサロンを手伝うようになりました。

母はアロママッサージ、整体、気功を取り入れたサロンを開業しており、

母はボディ。私はフェイシャル担当で二人三脚で4年程一緒に働いていました。

母からお給料を頂くありがたさと、一緒に働けるありがたさで毎日が楽しく夢もたくさん語り合っていました。

4年が経ち、30歳の時に本場で学びたいと想い、パリへ留学を決意。

1つだけ気がかりな事がありました。

一緒に働いていたので、私が居なくなってしまったら・・母に負担がかかってしまう。

その事を気にしていた所、母の究極の愛で突き放す言葉が・・

「夢を諦めてまで側にいてもらっても嬉しくない」と言われました。

母の愛を感じました。

 

留学中も毎日電話、メールのやり取りをするくらい会話をし、毎日あった事をお互いに報告していました。

親子でありながら、恋人のような、姉妹のような、親友のような関係でした。

 

そんな中、

母と電話で話をした数時間後、次の電話が母の訃報(くも膜下でした)。

数時間前まで話をしていたので、何が起こったか理解出来ませんでした。

パリから日本にどう戻ったか覚えていないくらいです。

11時間の機内でひたすら一生分の涙を流していたと思います。

 

家に着くとたくさんの人が家にいました。

そして前日に母がたくさん作ってくれていた、たけのこの煮物、お吸い物用、たけのこご飯用。

すべて灰汁抜きされて食べられる状態にありました。

本人が居ないのに本人の手料理が食べられる。

振る舞えるように準備して旅立った母。

 

勇気を出して母の寝室に。

そこにあったものは・・パリにあと送るだけになっていたパッキン。

日付も母本人の命日が書かれていました。

その中を開けると・・

1番上に丁寧にラッピングされていた「恵理子の香り」と書かれていたアロマの香水でした。

前日頭が痛いのに恵理子に送るからとアロマの調合をしてくれていたそうです。

当時サロンを手伝って下さっていたアシスタントの方の話によると、1度香りを作ったものの納得出来ず、
もう1度調合し直してくれていたそうです。

そうして出来た恵理子の香り。

生涯最後の母からのプレゼントが、前日に作ってくれた手作りの香水。

幸せ過ぎる贈り物でした。

ただ、勇気がなくすぐにその香りをかぐ事が出来ませんでした。

毎日泣くしか出来ない日々・・

サロンにも行く事が出来ませんでしたが、数日後、勇気を出してサロンへ行き、

母の最後がどうであったか自分の目で見てみよう、心で感じてみようという気持ちになりました。

その第一歩として、「恵理子の香り」アロマの香水も嗅いでみました。

 

その香りを嗅いだ瞬間、心から癒され、何かとても救われた気持ちになりました。

アロマの香りが人を救う。そう想えた瞬間でした。

 

ハーブとアロマで救われた経験から、
同じ経験をされた方や、人には言えない心の小さな傷や大きな傷を、ハーブとアロマで救えたら・・と想いました。

たくさんの方々にハーブとアロマの素晴らしさを広めたいという想いから今の仕事を。

 

訃報を聞き日本に戻る時に、パリでお世話になったマダムがパリの空港で私に言って下さった言葉が

「神様は乗り越えられない試練は与えない」この一言でした。

ただただ号泣する私にくれたこの一言が、今でも支えになっています。

 

ハーブもアロマもそうですが、無心になり、信じる事。

この事も大切なような気がします。

 

生と死。

人間の力ではどうする事も出来ない、選べない神秘の世界。

だからこそ、毎日悔いのないよう精一杯生きようと。

 

必要として下さっている方に届きます様に。

という想いを込めてSAUTEDIを製作させて頂いております。

 

愛と感謝を込めて・・。